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アメーバブログにちゃんとしたもの書くことにしました。
http://ameblo.jp/keibakko/
こちらを読んでいただけると嬉しいです。
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読書9
もう1つのブログ
http://ameblo.jp/keibakko/
に日記をつけるようになったから、
何買って、何読んだかは、
ここに書く必要がなくなった。

だから、本について
まとまってないものを、
書いておく。

川上弘美「物語が、始まる」について。
まだ読んでいないのだが、
タイトル、挑発的やすぎないか。
小説なんて、物語はじまらないと、
なりたたないものではないのか?
もちろん、そうとは限らないから、
小説、なのだろうけど。
川上さんは、なぜこの小説に、
こんなタイトルをつけたんだろう。
物語は出てくるのか。
落ちついた時間に読みたい。

| 読書 | 04:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
卒論9
昨日は途中からダウン。
今日はゆっくり寝てから卒論。

まず今日は、
現在の日本語ブームの、
さきがけ、と指摘のされる、
大野晋『日本語練習帳』について。

この本は、
先週から放送されたTV番組、
「タモリのジャポニカロゴス」によく似ている。

普段は当たり前のように使っていて、
あまり意識しない日本語を、
改めて考えてみたら、
いろいろ気づくことがありますよ、
という話。

それに対し、
『声に出して読みたい日本語』は、
忘れられた美しい日本語を、
忘れられた朗読という方法で復活させよう、
という話。

『日本語練習帳』は、
気づいていない部分を気づこう。

『声に出して〜』は、
忘れていた部分を思い出そう。

ここに大きな違いがある。

そしてさらに面白いのが、
3章で取り上げる松本道弘氏。

松本氏は日本語というよりは、
ハラ芸について齋藤氏と共通の部分を持っている。

が、松本氏の場合、
日本人が意識せずとも持っているハラ芸は、
外国人が理解できないため、
日本独自のものだ、
というように当たり前のハラ芸に、
気づこう、という話。

それに対し、齋藤氏だと、
腰ハラ文化は衰退し、忘れられた。
そのことを思い出すべきだ、
という話になる。

松本氏と齋藤氏の間に、
松本氏が日本人の特徴として当然のように述べた、
ハラ芸が「忘れられた」期間がある、
と今の中高年の人に思わせるものは、
いったい何なのか。
というより、なぜ、
忘れられた素晴らしい日本の姿、
というもがあって、
それを思い出そう、
という思考になるのか。

そう考えると、
やはり、単に日本語ブーム=齋藤氏、
ではない。

さらにいえば、齋藤氏は、
日本語と、腰ハラ文化を、
セットで忘れられたもの、
としたことに、
今のブレイクの要因があるはずだ。

松本氏が、
ハラ芸を取り上げて、
あらゆる概念、コトを、
どれだけ「西洋」から輸入しても、
日本には「西洋」では説明できないものがあること、
そしてそれを「世界」に発信すべき、
と主張する。

この土台の上で今、
その「世界」に発信すべきものを、
日本人は忘れている、
と齋藤氏は主張する。

この「世界」に発信すべき日本独自のものが、
廃れている、という危機意識。
その危機意識の象徴が若者。
こう区別することで、中高年を中心する人たちは、
齋藤孝を受け入れた。

こんな感じか。

| 読書 | 14:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
読書8
卒論はずむにゃ違う本。

卒論、卒論、卒論せねば、と思って、
ジッと卒論の本を読んで思考しても、
なかなかうまくいかない。

本当はそうできればいいのだが、
卒論しなくては、の意識が先行し、
本を読んでも何も思いつかない。

そこで、
とりあえずまずはウォーミングアップ。

方法は2つ。

1つは移動する。とにかく動く。
特に電車の移動中はなぜかいろいろ思いつく。
思考の回転がはやまる、というか。
で、ノートに殴り書きしておく。

もう1つは、まったく関係のない本を読む。
これがけっこうよかったりする。
実際、卒論にまったく関係のないような本から、
今の卒論の仮説は出来上がっていたりする。

もちろん、むりやりつなげるのはよくないが、
あれ、これとこれって、
卒論につながらない?
というのは、結構信用できる。

読書中に、卒論につなげる、
という意識はなくとも、
日々卒論のことを考えていたら、
たまにつながることがある。

ただし、TVはムリ。
ボーっと見ちゃうから。

で、これで頭が覚醒したら、
ブログに書きまくる。

とにかく、
卒論せねば思考から外れて、
卒論をすることが必要。

そのために、
まず卒論とは離れているようなときこそ、
頭を動かす。
で、きっかけつかんで卒論へGO。

だから決して、
学校の図書館へ電車へ行く途中、
寝ない方がいい。

こんなときこそ、本を読んで、
思いついたことを書く。
けっこう移動中に卒論も動くから。


で、とりあえず今日の読書。
ちなみに、今日の読書は、
卒論とはまったくつながらない、
趣味でございます。

多和田葉子『ヒナギクのお茶の場合』読了。
日本人らしき人が、
異文化のようなものを体験し、
日本人じゃなくなっていく、
かといって、異文化にとりこまれることもない。
宙ぶらりな主人公。
それが心地よい。

ぼくは最近、
ニュートラル(中性)というのは、
こういう宙ぶらりんな状態のことを指すのではないかな、
と思う。
で、これが自由ってものじゃないかな、
とも思っている。

だから、多和田さんの小説は、
直接ジェンダーについて、
女性の権利を訴えているようにみえる小説より、
ジェンダフリーにみえる。

ジェンダーにおける中性とは、
男子の権利を女性が手にいれることではない、
とぼくは思っている。

そうではなくて、
そのような権利が発生する制度が歪むような世界、
それこそ、宙ぶらりんな世界が、
ジェンダーフリーではないか、
と思っている。

この点については、整理して、
アメーバブログに書く予定。




| 読書 | 03:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
読書7
今日はジュンク堂へ。
競馬の儲け分を使う。
といっても儲け分は軽く超えたが。

今、一番はまっている作家の本を3冊。
多和田葉子『ヒナギクのお茶の場合』『旅をする裸の眼』『変身のためのオピウム』

桐野夏生の最新作と、その前の作品も買いたかったが、
それは次回に持ち越し。

河出文庫で、
樋口一葉の現代訳版が売られてたのだが、
訳者がとっても豪華。
こちらも次回候補。

あと、詩を買いたくなった。
萩原朔太郎賞を受賞した荒川洋治の『心理』を、
文芸誌で一部を読み興味を持った。
これも次回候補。

いずれ全部買うはずだが、
読みがおろそかになってはおもしろくないので。
| 読書 | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
読書6
笙野頼子『母の発達』読了。
参りました。
ついでに解説にも参りました。

とてもおもしろい小説なので、
「読み」もおもしろく書かなければ。

そのうちアメーバ更新します。
| 読書 | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) |