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卒論2
今のところ、章立てはこんな感じ。

・タイトル
齋藤孝とは何なのか?

・明らかにしたいこと
「声に出して読みたい日本語」のヒットで、
現在、時の人となりつつある齋藤孝。
彼を通じて、2005年の今を支配している、
1つの日本像、及び思考様式を明らかにする。

〜1章 身体論と齋藤孝〜
齋藤孝の身体論を一言でいえば、
健全な身体(肉体)が健全な精神をつくる、
ということ。
三浦雅士によれば、
この発想は齋藤独自のものではなく、
西洋的であるという。
この西洋的発想の源は、17世紀の思想家ルソーである。

しかし、齋藤は、
あくまでもこれを日本独自の伝統文化、
として強調しようとする。

デカルト的な心身二元論=西洋に対する、
日本的な身体のあり方、
という発想は、
何も齋藤に限ったことではなく、
脳死をめぐる日本の専門家にもみられ、
この発想は、
今の日本でも支配的な考えである可能性が高い。

〜2章 齋藤孝と日本語〜

齋藤孝のことばに対する考えは、
前章のルソーの思想とまたもや一致する。

それは、
ことばは二次的なもので、
すでにある実体を表現するものである、
ということ。

齋藤の場合、
この実体をからだ、に託す。

なので、
今、私がいったことばが、
からだと一致しない、と思えることに、
嫌悪感を持つ。(たとえば、ムカツクということばに対して)

齋藤は、
からだと身体が結び合うことに、
充実した精神(又は主体)の形成をみる。

ここに、日本的な主体の形成のあり方を、
みるヒントが隠されているはず。

〜3章 松本道弘と齋藤孝〜

齋藤の20年前に、齋藤と同じく、
「ハラ」の重要性を訴えた人物として、
松本道弘、という人物をあげることができる。

ここで共通しているのは、
日本人のコミュニケーションのあり方に対する、
考え方だ。

松本
日本人はコミュニケーションが下手、
だと思われている。

齋藤
日本人はコミュニケーションが下手、
である。

松本
日本人には「腹芸」という、
独自のコミュニケション法がある。
が、外国人にはそれが理解できない。

齋藤
日本には「腰ハラ文化」という、
伝統文化がり、
これが日本人を支えていた。
しかし、それが廃れ、
日本人は今、日本人としての中心がなく、
中途半端な状態だ。

というように、
日本人であること、
あるいは日本人であることを発信するにおいて、
「ハラ」はかかせないものだ、
というのが2人の同様の考えである。

〜4章 成熟した日本像〜

ここはまだ思いつきの段階。

齋藤は、
「こんなに若い人がよく主張してくれた」
と、氏の主張する身体論について、
反応されることが多い。

また、齋藤の著書の中で、
若者批判をする若者は、
自身を「大人」、相手を「子ども」
としてみなすケースが多い。

この2点から、
どうも、日本人のあるべき姿、あるいは、
成熟(おとな)になった姿には、
日本語と身体の一致が必要らしい。

なぜ、そう思う人が多いのか。
この思考形式を、
1章〜3章で論じた議論を元に、
まとめる。
そして、これが結論となる。

こんな感じ。

| 卒論 | 02:21 | comments(3) | trackbacks(0) |
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| - | 02:21 | - | - |
何で過去はブームにならなかったか、
についてなんやけど、
この松本氏の本が出た時期である、
80年代、というのが大きな理由やと思うんよね。

教養主義、モダニズム、日本論が批判され、
いろんな価値観が拡散していった時代。
ポストモダンやね。

で、齋藤氏からすると、
その時期は「軽い」ようにみえるみたい。
無責任な時代であった、と。

で、日本語ブームは、
70年代にもあったみたいで、
ちょうど、ポストモダンにはいったといわれる時期、
82年ぐらい〜2001年までが、
日本語ブームの間の空白時期なのよ。

で、通説は、
不況の時期に日本語はブームになる、
なぜなら、不況時はみんな不安で、
アイデンティティも揺らぐから、だとか。

でも、これは齋藤氏が売れてすぐに、
指摘されたことやし、
できれば、この通説以外で、
何か発見したいんよね。

そこで、空白時期である、
80年代に「ハラ」を唱えた松本氏を伏線に、
今のブームを探ろうかな、と。
| ぐろ | 2005/10/18 8:38 PM |
それが難しいねんな〜

今までは、送り手と受け手をはっきり分けようと思っててんけど、うまくいかないんよ〜
だから、齋藤氏を象徴とした、
2005年に支配的な思考様式(価値観でもいいのかな)
を明らかにしようと思って。

だから、2章までは齋藤氏本人分析。
で、3章からは、
齋藤氏以前に同じような動きがみられた例を出す。
で、4章、って感じやな。

しかしこれやと、
純粋な(?)受け手分析がないのよね。

う〜ん・・・どうしたものか。
| ぐろ | 2005/10/18 8:26 PM |
【斉藤氏は何者だったのか】
って中間発表では、1章に来る問題やんな??
それが3章まで続いているのはちっとまずいかと思ったんやけど大丈夫かな??
これやったらほんとに【斉藤氏ブーム分析から見た2005年】というより、【斉藤氏の視線から見た2005年】にならないかという不安がちっとあった。

でも3章はおもろそうやな。
何で過去はブームにならなかたったか仮説あり??
| かじゅき | 2005/10/18 1:28 PM |









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