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卒論9
昨日は途中からダウン。
今日はゆっくり寝てから卒論。

まず今日は、
現在の日本語ブームの、
さきがけ、と指摘のされる、
大野晋『日本語練習帳』について。

この本は、
先週から放送されたTV番組、
「タモリのジャポニカロゴス」によく似ている。

普段は当たり前のように使っていて、
あまり意識しない日本語を、
改めて考えてみたら、
いろいろ気づくことがありますよ、
という話。

それに対し、
『声に出して読みたい日本語』は、
忘れられた美しい日本語を、
忘れられた朗読という方法で復活させよう、
という話。

『日本語練習帳』は、
気づいていない部分を気づこう。

『声に出して〜』は、
忘れていた部分を思い出そう。

ここに大きな違いがある。

そしてさらに面白いのが、
3章で取り上げる松本道弘氏。

松本氏は日本語というよりは、
ハラ芸について齋藤氏と共通の部分を持っている。

が、松本氏の場合、
日本人が意識せずとも持っているハラ芸は、
外国人が理解できないため、
日本独自のものだ、
というように当たり前のハラ芸に、
気づこう、という話。

それに対し、齋藤氏だと、
腰ハラ文化は衰退し、忘れられた。
そのことを思い出すべきだ、
という話になる。

松本氏と齋藤氏の間に、
松本氏が日本人の特徴として当然のように述べた、
ハラ芸が「忘れられた」期間がある、
と今の中高年の人に思わせるものは、
いったい何なのか。
というより、なぜ、
忘れられた素晴らしい日本の姿、
というもがあって、
それを思い出そう、
という思考になるのか。

そう考えると、
やはり、単に日本語ブーム=齋藤氏、
ではない。

さらにいえば、齋藤氏は、
日本語と、腰ハラ文化を、
セットで忘れられたもの、
としたことに、
今のブレイクの要因があるはずだ。

松本氏が、
ハラ芸を取り上げて、
あらゆる概念、コトを、
どれだけ「西洋」から輸入しても、
日本には「西洋」では説明できないものがあること、
そしてそれを「世界」に発信すべき、
と主張する。

この土台の上で今、
その「世界」に発信すべきものを、
日本人は忘れている、
と齋藤氏は主張する。

この「世界」に発信すべき日本独自のものが、
廃れている、という危機意識。
その危機意識の象徴が若者。
こう区別することで、中高年を中心する人たちは、
齋藤孝を受け入れた。

こんな感じか。

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