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卒論 改訂
はじめに
1章〜3章をきちんと構成できてから、まとめる。

1章 声の共同体
※この章は兵藤裕己さんの議論を参照に、声の共同体の概念をまとめる。
従来の身体感覚から二拍子系リズムを取り出して特化させることで作られた近代日本人のリズム感覚。この感覚を呼び起こすことで、日常生活では経験できない「われわれ」日本人を帰属意識を作り出す。
しかも、このリズム感は、ある世代だけに特化したものではない。「声に出して読みたい日本語」に出てくる浪花節もあれば、サッカー日本代表やバレーボールの応援(ニホンチャチャチャ)も、根底は同じリズム感覚で成り立っている。

2章 日本語ブームのズレ
この章では、1章の概念(声の共同体)が現在強い影響力を及ぼしていることを、齋藤孝「声に出して読みたい日本語」をネタに実証する。
方法論は、斎藤と他の日本語本との比較。
今のところの結論は、斎藤「聞く日本語」に対する日本語本「見る日本語」で、前者が今求められている、とする。また、この比較についてはオング「声の文化と文字の文化」を援用する。

3章 見る日本から聞く日本へ
「声に出して読みたい日本語」前後、あるいは以降の、メディア言説を分析し、2章の流れが受け手にも共有されていることを実証する。
ネタとしては、たとえば「声に出して読みたい日本語」を取り扱った「金八先生」の中の日本の描き方、等。(現段階では、第5シリーズから取り入れられたソーラン節の描き方に変化があると予想している)。

おわりに(結論)
見る日本は、集団意識を弱めた。その危機から聞く日本が再発見された。(実証はまだなので、変更の可能性大)
| 卒論 | 21:10 | comments(2) | trackbacks(0) |
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聞く日本。

たとえば、先日の北朝鮮戦(無観客試合)はそのことを顕著に示していると思われる。
スタジアムには誰もいないのに、場外から応援が聞こえる。場外は、見えないスタジアムに向かって応援し、盛り上がる。
それに対し、昨年親善試合で行ったルーマニアとの試合も無観客試合だったが、応援も何もなく、何か不自然な感じがあった。
また、プロ野球(特に阪神)に慣れている人は、NHK大リーグの中継を見たら不自然な感じをするはず。スタジアムにたくさん人がはいっているのに、鳴り物応援のリズムがないから。

と、そんな感じ。

もちろん、試合を全く見てないわけではないけど、考えてみれば、TVの方がアップで見やすいメジャースポーツを、わざわざ現地まで見に行くというのは、現地の応援の輪にはいっていきたい、というのが少なからずあるんだと思う。
| サンタマ | 2005/11/10 5:33 PM |
Wカップは見る日本??聞く日本??
| かじゅき | 2005/11/10 4:39 AM |









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